あの息苦しい家から初めて解放された日のことは良く覚えている。
私とシリウスにとって自分の家という場所は安心できるような存在ではなく、
独特の異様な雰囲気が体中に纏わりつき何が不安なのかも分からないままただ苦しいと感じる場所だった。
ホグワーツからの手紙が届いた時には、喜びが背中をぞくぞくとした感覚で駆け巡り鼓動を高鳴らせた。
私の家は、純血を何よりも重んじる一族だった。高貴なる由緒正しきブラック家。
幼い頃から両親や親戚に純血至上主義の素晴らしさを教え説かれ、私達は過ごしてきた。
毎日話してくれることといえば、マグル出身や混血の魔法使い達が、どれほど自分達に比べ劣っているか。
純血の魔法使いこそが魔法界の統治者で、それ以外のものは追放すべきだ、とかそういう内容だった。
私はどうしても、純血至上主義を素直に受け入れることが出来なかった。しかし、純血至上主義を批判しているわけでもない。
今まで純血の魔法使いとしか会った事のない私にとって、魔法使いは純血か、それ以外か、で区切られていた。それは確かだ。
でも、どこかでその考えに違和感を持つ自分がいることに気が付いたのだ。その頃から、喉元を絞めるような息苦しさが始まった。
私一人だったらそのうち息苦しさに負けて、違和感を押し殺し素直に純血至上主義を受け入れていたのだろう。
しかし、私にはシリウスがいた。双子の兄であるシリウスとこの違和感についての意見を共感した時、私達は少しだけ息を吸うことが出来たような気がした。
私が生きるうえでシリウスは酸素のような存在だった。

「何だかわくわくするね」
ホグワーツ急行に乗り込んだ私は箒に乗った時のような浮遊感にのぼせていた。鳥篭から逃げたカナリアの気分だ。
「そうだな。」
シリウスは私とは違い落ち着いた雰囲気で本を読んでいて、時折シートにつたわる振動が心地よいらしく眠そうに見えた。
二人きりのコンパートメントの中で、やけに浮かれている私をシリウスは呆れた様に眺め、本をパタンと閉じた。
私はそんなシリウスを不思議に思い、どうしてそんなにも落ち着いているのか、と聞いた。すると彼は、あの家ではこんなに安心できる時間もなかったからな、と答えた。
確かに、と私は納得した。いつだって完璧であることを押し付けられたあの家で心休まる時はなかったからだ。
「ベラ達、どこに乗ってるんだろう」
私達の従姉もこのホグワーツ急行のどこかにいるはずだった。三人の従姉、ベラトリックス、アンドロメダ、ナルシッサとは先月会ったばかりだった。
そのときは、スリザリン寮の素晴らしさをベラトリックスとナルシッサが興奮気味に私とシリウスに述べた。
そして、大演説の後に「だからもシリウスもスリザリン寮に早くおいでなさい」と忠告された。そんなこと言われなくても私とシリウスはスリザリンに入るだろうに。
ブラック家の者でスリザリンに入らなかった者は過去にいない。
「どうせ後で会えるだろ、スリザリンで」
シリウスも、先月の従姉達による大演説を思い出したようだった。
「分からないよ、意外と私達スリザリンに入らないかもしれないよ」
そんなことは有得ないのだ、と分かっていも言ってみたかった。
普通の生徒と同じように「どこの寮に入るんだろう」という寮の話を、まだ見ぬ学校の話をしてみたかった。
「ああ、はハッフルパフとか入りそうだな」
「そう?レイブンクローとか似合わない?」
私の言葉をシリウスは否定した。私はレイブンクローっていう性格ではないらしい。
シリウスはグリフィンドールとかどう?と冗談めかして言ってみた。
するとシリウスは突然きょろきょろと周りを見渡して、誰も居ないことを確認してから安堵のため息をついた。
「誰かが聞いてたらどうするんだよ」
私ははっと気が付いた。シリウスはブラック家の長男。次期当主になる存在なのだ。
それがスリザリンではなく、その天敵であるグリフィンドールに入るだなんて冗談でも言ってはいけなかった。
こんな闇の時代に、その発言を他人が聞いていたら、新たな問題を巻き起こすかもしれない。
ブラック家は闇の魔法使いをたくさん輩出しているのだ、それを忘れてはいけない。
そこが私とシリウスとの差なのだ。
私はいつかどこかの純血の魔法使いの家に嫁ぐのだろう。
私はブラックの名前を捨て家から逃れることは出来ても、シリウスにはそれが出来ない。
彼はブラック家を背負わなくてはいけない。一生、あの純血至上主義のブラック家の頂上に立たなければいけない。
「ごめんね、これからは気をつける。」
私がしゅんと下を向きながら小さな声でそういうと彼は慌てて「うん。」と答えた。
シリウスは私が泣くかもしれないと思ったのだろう。
彼は泣いている人間を扱うのが苦手だ。どうしたら良いのか分からなくなるらしい。
だから、弟のレギュラスが例えば箒から落ちたりして泣いた時はいつだって私の出番だった。
シリウスは泣き出すレギュラスをみて硬直し、うろうろとその場でうろたえる。
私がしゃがみ込みレギュラスと視点をあわせ慰め、シリウスの役割はレギュラスの頭に手を置いて撫でることだった。
そういえば、昔はシリウスもよく私と一緒に泣いていた。
魔法を失敗して母親に怒られたりしたとき、私とシリウスは一緒に部屋でわんわん泣いていた。
最後には泣き疲れて、お互いの泣き顔を見合わせ笑って終わった。
シリウスが泣かなくなってからどのくらいの月日がたったのだろう。
「シリウス、泣かなくなったよね、昔はあんなに泣き虫だったのに」
「泣き虫って…、もう少しのことで泣くほど子供じゃないし」
子供じゃない、いつからシリウスはそんなに大人になったのだろう。
私とシリウスは双子なのだから同じなのだと考えていたが、それは間違いなのかもしれない。
彼は確実に私より一歩先を歩いていた。私はいまだ、泣くことから卒業できずにいる。
悲しい時は涙をこらえることが出来ないし、怒られると悔しくて泣いてしまう。
涙と一緒に辛い気持ちは流れていくから、私は泣くという行為をやめることができない。
シリウスの涙が流されることなく心の中に留まっているのだとしたら、シリウスはどんな気持ちでいるのだろう。
積もっていく悲しみを吐き出すことなく、それに耐えているのだろうか。