Dilemma
その後、私とリリーのマートルのトイレで密会は誰にも見つかることは無かった。
少しはマートルも私たちの存在を認めてくれたようで、顔を見るなり逃げるということも無くなった。
リリーとは授業の時は目を合わせて笑うだけで、それは少し寂しいけれど、結構充実した毎日だった。
期末試験は思っていたよりも難しくはなく、比較的よい成績だったので驚いた。
学年トップはリリーで、二位は私とレイブンクローの少年。三位がジェームズとシリウスと、セブルスだった。
セブルスは飛行術があまり得意ではないので、その分を魔法薬学での点数で補っていた。
彼の魔法薬学の試験は、満点プラスαで、答案を見せてもらうとそれは完璧なものだった。
今年の寮対抗杯を勝ち取ったのはレイブンクローだった。
地道にコツコツ授業で稼いだ点数が決め手となったようだった。
もしもこれがグリフィンドールだったらスリザリンの生徒は不機嫌になっていたはずだが、それがレイブンクロー。
どちらにとっても、敵意も感じていないだけに穏やかな一年の終わりだった。
そして、私達は夏休みを迎えたのだった。

ナルシッサと一緒に、ホグワーツ特急に乗り込み適当なコンパートメントを占領した。
途中でベラトリックスとルシウスが乗り込んできた。一瞬ナルシッサの表情が強張ったがすぐに笑顔に戻った。
クリスマスからナルシッサに変わった様子は見られなかった。だから、私は何も言わなかった。
多分、先ほどの表情はあの日のことを少し思い出したのだろうと、私は勝手に推測した。
「シリウスは戻ってくるかしら」
ベラトリックスが疎ましそうにシリウスの名前を口にした。
シリウスがクリスマスに帰ってこなかったことで、親達は私たちに夏休みこそシリウスを連れ戻すようにと言い聞かせた。
ベラトリックスとルシウスがシリウスがホグワーツ特急に乗り込むところをこのコンパートメントに連れてこようと思っていたのだが、出し抜かれたらしい。
このまま、また逃げられでもしたら非常に困る。
半狂乱の母親をなだめるのは並大抵の努力ではできない。
それに、そろそろシリウスと普通に話したかった。話したいことが沢山この一年であった。
リリーやセブルスのこと、授業のこと、あの集まりのこと、ナルシッサの恋の行方、そしてポッターのこと。
「シリウスもそろそろ自分の家が恋しくなる頃よ」
ナルシッサが私のほうをちらりと見た。
シリウスと私は一年前まではずっと一緒に居た。それを思い出してのことだろう。
「お父様、シリウスがグリフィンドールに入ったこと怒るかな」
私はそれが不安だった。もしもシリウスが勘当でもされてしまったら。
想像するだけで背筋が凍るような思いだった。
「怒るかもしれないが、勘当はしないだろう」
次期当主としていままで大切に育ててきたのだ。それを簡単にグリフィンドールに入ったからさようなら、と言うわけにはいかないだろう。
ルシウスは冷静に、私を宥めた。
そして、これからのシリウスの行動次第だ、と付け加えた。
その言葉の意味が私にはよく分からなかったが、聞くことはしなかった。
「ちょっと、シリウスが乗ってるか見てくる。」
私は扉を開けてコンパートメントを出た。
うろうろと通路をさまよう。ひとつひとつコンパートメントをこっそり覗いていく。
別に堂々と見ても支障はないのだが、多分シリウスはポッターたちと一緒のコンパートメントに居るのだろう。
ポッターに嫌われている私が、そこを大胆に覗くのは少し躊躇われる。
あるコンパートメントにシリウスは私の想像通りの面々に囲まれていた。
その顔は笑顔で、手にはそれぞれ色鮮やかなビーンズがあった。あれは、きっと百味ビーンズだ。
シリウスは黄緑色のビーンズを指でつまんでいた。
「じゃあ、合図をしたら食べよう」
ルーピンがウキウキした声で話すのが私の耳に聞こえた。
その瞬間私は耳を塞いで廊下にもたれ掛かりながら座り込んでしまった。
シリウスは本当に戻ってくるのだろうか、確信が持てなかった。
彼は自分の居場所を見つけてしまったのだろう、そうしたらブラック家などもういらないのかもしれない。
突然コンパートメントの扉が音を立てて開き、中から口元を押さえたシリウスが出てきた。
「おーい、大丈夫かい?吐きそう?」
背後からポッターの声が聞こえた。シリウスは私を見て「どうして」とだけ言って、また口元を押さえた。
扉を閉じて、少し離れた空きコンパートメントに入り込む。
何味だったの、と聞くと彼は小さな声で、雑草味だ、苦々しげに呟いた。
「シリウス」
本当に帰ってくるの、という言葉が喉に引っかかって出てこない。
あの空間に、あの息苦しい空間に自由になったシリウスが戻ってくるなんて想像もできなかった。
シリウスはもうあの家に縛られていない。
私はガムを持っていたので、口直しにそれを差し出した。
「クリスマスは帰れなくてごめん。」
シリウスは、反省したように呟いた。
あの時は帰る気にならなかった、と彼は説明した。ポッターの家のクリスマスパーティーに心引かれたらしい。
ブラック家のパーティーは、シリウスにとって退屈なものでしかない。
「帰る、今回はちゃんと帰るよ。」
穏やかな表情でシリウスは言った。その言葉を聞いて私は安心した。
そう、安心したはずなのに。どうしてだろう。こんなにも不安になってしまうのは。
シリウスがこんなに落ち着いて居るのは何故。そんなの簡単だ。
シリウスは本当の居場所を見つけてしまったんだ。そして、そこに私はいない。
いつだって彼の隣は私の特等席だったのに、いつのまにかそこにはポッター達がいた。
きっとシリウスは戻ってこない。
それがいつの日になるのかは分からないけど、私はそんな予感がした。
シリウスの隣に私が並ぶことはできない。
双子だって、繋がっているわけではない。この一年でこんなにも簡単に離れてしまうということが分かった。
今まで、私たちが二人で居たのは、お互いしか知らなかったからだ。
私にはシリウス、シリウスにとっては私が、あの憂鬱な世界を生き抜いていく仲間だったのだ。
「だから、今だけは見逃してくれないか。」
私は自分のコンパートメントに戻ってもシリウスのいるコンパートメントのことはベラトリックスに言わなかった。
言えば、ナルシッサやベラトリックスがそこへ乗り込んでグチグチと嫌味を言うことが容易に想像できた。
シリウスの幸せを奪う権利など私にない。