Dilemma
「ただいま」
一年間帰っていなかった家の扉を通る。
屋敷しもべ妖精がキーキー声で駆け寄り、俺との荷物を預かった。
書斎でご主人様がお待ちです、と屋敷しもべ妖精は俺に告げた。
が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。大丈夫だ、覚悟はできてる。
奥にある書斎の扉を三回ノックする。すると、扉が自動的に開いた。
「ただいま帰りました。」
自分とよく似た父親はデスクに座って俺を見つめていた。
覚悟はできていたはずなのに、父親を見た瞬間に俺の覚悟は崩れそうになった。
今まで父親に逆らえないように育てられてきた、今でも俺はこのブラック家から逃げることはできないのだ。
「シリウス、グリフィンドールに入ったそうだな」
予想通りの不機嫌な様子が声から分かった。
ここで屈してはいけない、負けたら俺はあそこに帰れない。

「どうしてクリスマスは帰ってこなかったんだ。」
「友人が開いたパーティーに招かれていたんです。」
その家、つまりポッター家の名前を出すと父親は、そうか、と呟いた。
ポッター家は純血の家系であるから、父親の怒りは少しは収まったようだ。
ここで相手の機嫌を損ねてはいけない。彼の気持ち次第でことの成り行きは変わってしまうのだから。
「ダームストラングに編入しないか」
ダームストラングの校長と父親は知り合いだった。
あの学校は闇の世界寄りの教育をしていると聞いている、そこに自分を入れようとしている。
ホグワーツを辞める気は無かった、あの場所は俺に初めて自然な呼吸の仕方を教えてくれた。
友人達と共に協力し合い、自由に生きるということ決めたんだ。
「グリフィンドールでは居心地が悪いだろう」
黙ったままの俺に向かって父親は言葉を続けた。
確かに、最初はブラック家ということで微妙な雰囲気も漂っていたが、グリフィンドールは俺を受け入れてくれた。
ジェームズやリーマス、ピーターが一緒に居てくれた。
何時の間にか、グリフィンドールこそが自分の居るべき場所のように思えた。
しかし、父親を目の前にした瞬間にその気持ちが揺らぐのが分かった。
学校に居る間はこの家から逃れることはできる、けれど戻ってきた途端に不安が襲ってくる。
俺はここに一生縛られたままなんじゃないか。
ここから逃れたいがためにグリフィンドールに入る。それすらも、この家に囚われた発想なのかもしれない。
何故だか分からないが突然、あの百味ビーンズの味を思い出した。
苦い、青臭い雑草の味が口の中に広がったあの瞬間のことだ。
あの時のことですら、自分にとっては楽しい時間だった。
友人達に囲まれて馬鹿なことをやって、笑いあって生活する。
あの不味さすら良いものに思えるのはきっとこの家から逃れるためではない。楽しいから、彼らと一緒に居ると安心するからだ。
「そうですね。」
「なら、さっきの話には賛成か?」
ここで普通に父親に逆らうと、思いもよらぬ所で被害が出る。
何しろこの家は例のあの人とも関係がある、闇の魔術に長けているブラック家だ。
下手をするとジェームズたちに危害が加わるかもしれない。
だから、俺は嘘をつく。
「いえ、賛成はできません。」
「どうしてだ」
「今、ダームストラングに転校するということはグリフィンドールから逃げるということになります。
逃げるのではなく、そこに居続ける方がブラック家らしいとは思います。」
父親は顎に手を添えて、そうか、と言い考え込んだ。
逃亡、はブラック家の美学から反するからだ。
「なら残ってもいいだろう。だが、行動にはくれぐれも注意するように。」
ブラック家の評判を落とさないように、という警告も付け加わって父親との話は終わった。
書斎の扉を閉めてほっと胸をなでおろす。
強制的にホグワーツを止めさせられるのかと思っていたから、安心した。
ホグワーツを離れたくない理由はジェームズたちだけではない、のこともある。
をスリザリンに放って置くわけにはいかない。
実際、自分は彼女に学校で何もしてやれて居ないが、目は光らせているつもりだった。
ホグワーツを離れたら、その途端にマルフォイやベラトリックスがを闇の世界に引き込むような気がしてならなかった。
自分の部屋に戻ると、屋敷しもべ妖精が運んだトランクの中身は綺麗に整理されていた。
久しぶりの自分の部屋を見渡しベッドに横たわった。
あまり好まない家ではあるが、自分の部屋には思いいれがある。
心地よい静けさに身を任せ、眠りにつこうとして目を閉じた。
コンコン、と心地よい音でドアが叩かれた。シリウス、とドアの外からの声が聞こえた。
そして扉が開きベッドから起き上がると、が心配そうな表情をしてたっているのが見えた。
「どうだった?」
先ほどの父親との話のことを言っているのだろう。
ホグワーツに残れることになったことを話すと、の表情はぱっと明るくなった。
「ねえ、話したいことがいっぱいあるの」
はベッドに腰を下ろし隣でにこにこと笑った。
久しぶりだね、こうやって話すの。と言うの笑顔を見るのは本当に久しぶりだった。
がホグワーツで笑っているのは見かけていたが、どれも今のような笑顔ではなく作り物のような気がしていた。
それが今確信に変わる。はスリザリンで居心地の良い思いをしていないのだろう。
彼女がスリザリンに染まっていない証拠であるような気がして嬉しく思ったが、同時に自己嫌悪に襲われる。
が本気でホグワーツで笑えないのは自分のせいではないのか。少なくとも俺がスリザリンに入っていれば彼女の寂しさも紛れただろうに。
「友達ができたの。」
きっと、スネイプのことだろうと思っていた。スネイプはと良く行動を共にしていた。
はスリザリンの女子と行動を共にすることを少し嫌がっていた素振りがある。彼女達は取り巻きのような存在だからだ。
スネイプが居れば彼女達は怖くてあまり近づいてこない。はそれを利用しているのかもしれないなぁ、と思った。
「スネイプ?」
「セブルスもそうだけど、リリーも。知ってるでしょう?」
スネイプのことを名前で呼ぶに少し違和感を感じた。グリフィンドールではセブルス・スネイプはスネイプでありセブルスという響きは奇妙に聞こえる。
そして、リリー・エヴァンズ。いつの間に仲良くなったのだろう。てっきり、ジェームズが勝手に関与したあの日以来、連絡は取り合っていないと思っていた。
二人が話しているところも見たことがない。そんな情報があればジェームズが放っておかないはずだ。
うきうきと話すを見ると、自分の知らないところで彼女はちゃんと笑っているのだと分かり安心した。
けれど、自分と関係のないところで彼女が生活しているのだということを改めて実感し寂寥感に襲われた。
一年前まではずっと自分達は一緒だったのに、どこでそのルートを外れてしまったのか。