帚木の梢

ホグワーツ急行がガタンと音を立てて止まった。遂にホグワーツに到着したのだ。
深呼吸して、一歩を踏み出す。新しい生活の始まりだ。親や家の束縛はもう届かない、と私はその時信じていた。
私の胸は期待でいっぱいで、他の新入生と同じようにきょろきょろと周りを見渡した。

「イッチ年生、イッチ年生はこっちだ。」

野太い声がした方に視線を移すとそこには巨大な人間がいた。
こんなに大きい人見たことない。
私が怯えたように後ずさりすると、その大きな人は大きな声で笑った。

「別に取って食べるわけじゃねぇ、ホグワーツまで案内するだけだ。」

そしてまた訛った口調で新入生を呼び集めた。
そしてボートが沢山泊めてある湖まで私達の先頭に立ち歩いた。
暗い小道を辿るとそこには多きな湖があった。三日月がぼやけて湖面に広がっていた。

「四人ずつボートに乗って!」

周りの新入生がおずおずとボートに乗り始めた頃、シリウスが私の手を引いて空のボートに乗った。









「そのボートまだ乗れるわよね。」

そう言いながら赤毛の女の子が私とシリウスの乗っているボートに乗り込んだ。
瞳は透き通るような緑色で吸い込まれるような感覚に陥った。
私の目や髪は真っ黒だ。シリウスも髪は私と同じで真っ黒だが、目の色は少し灰色っぽい。
ブラック家の人間の大半は黒髪に灰色か黒の目である。時折ナルシッサのようなブロンドの子供が生まれるが、それはとても珍しい。
ナルシッサは自分が一人だけブラック家の規格外であることに不満を抱いていたが私にしてみれば羨ましい限りだった。
こんな黒い髪はなんのとりえもない。
流れるようなブロンドの髪を持つナルシッサが羨ましかった。
そして今目の前にいる少女の綺麗な赤毛と透き通るような目の色に心惹かれた。

「ああ。」

シリウスのそっけない返事を不快に思った様子もなく赤毛の女の子は私の隣へ腰掛けた。

「私、リリー・エヴァンズって言うの。あなたは。」

にっこりと白い歯を見せながら笑う女の子は、私を見つめながら言った。

・ブラックよ。こっちはシリウス。私の双子の兄なの。」

そういうとリリーは驚いた様子で私とシリウスを見比べて、あんまり似てないわね、と呟いた。
二卵性双生児だから似てなくても不思議じゃないわ、と私が言うと彼女は納得したように頷いた。

「あの子、どこのボートにも乗れないのかしら。」

一人だけ陸の上で体を小さく丸めて泣きそうな顔をしながら慌てふためいている男の子を見つけた。
きっと知らない人ばかりのボートに乗ることに緊張しているのだろう。
まだいくつか空きのあるボートもあるが彼は誰にも声をかけることが出来そうになかった。

「ねえ、こっちが空いてるわ。」

突然リリーが叫んだ。シリウスはぎょっとしたような目でリリーを見た。
その声を聴いた瞬間、その男の子だけでなく周りのボートに乗っている新入生も振り向いてこっちを見た。

「あ、ありがとう。」

小走りでこちらに走ってきた男の子は肩身が狭そうにシリウスのとなりに座った。
適当に自己紹介を済ませた。彼も私とシリウスが双子であるということを知って驚いていた。
そんなにも似ていないのだろうか。私がそう尋ねると雰囲気が違うんだ、と男の子は言った。
その男の子がピーター・ペティグリューだということが分かった時点で、大きな人が舟に何か合図を出した。
すると、すべての船が自動的に水の上を滑らかに滑り始めた。

新入生の中で沸き起こった歓声に大きな人は満足そうだった。

「あの人は先生なのかしら」

リリーが不思議そうに言った。

「森番らしいよ、さっき自分でそういってた。」

ピーターは湖に着くまで話し相手が見つからず、先頭を歩く大きな人とずっと話していたらしい。
大きな人の名前はハグリッド、職業は森番と記憶に書き留めた。

湖面は黒くうっすらと波打っていた。私はその動きに誘われて、水面に手を伸ばした。
冷たい感触が指先を潜り抜けていく。自分の触れているところから水の上に新しい波ができた。
すうっと尾を引くような線が生まれては消えていく。

指先を何かが掠めたような気がした。最初は気のせいかと思ったが何度もそんなことが起こった。
すると不意に人差し指に何かが絡まった。ぬめっとした感触。これは水じゃない。

「いやっ」

強い力で湖の中へ引き込まれそうになった。しかし落ちる前に何とかシリウスが片腕を引っ張ってくれていた。
私は急いで巻きついたものを振り落とすかのように手を払った。それは案外簡単に外れたので安心した。

「言い忘れちょったが、この湖には大イカがいるから引きずり込まれるな」

先頭のボートからハグリッドの低い大きな声が聞こえた。さっきのは大イカだったのだ。
注意事項はもっと早く言って欲しいものだ。

「もう少し気をつけろよ、俺が掴んでなかったらもう少しでは大イカの友達だ」

「だって、知らなかったんだもの。」

これからはもっと注意深くなれ、とシリウスに釘を刺された。
リリーは落ちなくて良かったわね、と頭を撫でてくれた。はち切れそうだった心臓の音が少し落ち着いた。
ピーターは興奮したようで大イカの様子を私に尋ねた。
ぬめぬめしていた、と話してやると彼は、すごい!、と一言叫んで湖を覗き込んだ。

「次に同じことが起こっても俺は助けないぞ」

シリウスが腕組みをして不機嫌そうに言い放つとピーターはさっと身を引いた。

「ホグワーツ城だ」

どこからともなく大きな城が目の前に現れた。あれがホグワーツ。
私はその建物をじいっと見つめた。

ホグワーツ城に近づけば近づくほど期待と憂鬱が私を襲った。
学校に対する期待は大きくなるばかりだったが、組み分けに対する暗鬱さは小さくなってくれなかった。
それらが交互に私を襲い、不安定な気分にさせる。もう一度大イカが出てきてくれたりすればそんなこと忘れられるかもしれない。

私の入る寮は決まっている。スリザリンだ。
スリザリンが嫌なわけではないが、他の寮という選択肢が欲しかった。
純粋に組み分けの儀式を楽しみにしているリリーとピーターがどうしようもなく羨ましかった。

結局、親からは逃げることが出来ても家柄から完全に離れられるわけがないのだ。
スリザリンに入れば純血志向の従姉達や親戚たちに囲まれ七年間過ごすことになるのだろう。
一気に学校への希望は薄れてきた。ホグワーツ急行に乗っている時のように、少しはなれたところから想像しているぐらいが丁度良いのだ。