Dilemma
ルシウスはスリザリンのクィディッチ選手だった、しかもシーカーというポジションに就いている。
キャーキャーという声援の中、私は自分が何故こんなところに居るのだろうかと悲しくなった。
ものすごい勢いで向かってくるブラッジャーに悲鳴を上げながら、私はクアッフルをベラトリックスにパスした。
そのクアッフルがうまくゴールに入ったところでスリザリンの席から歓声が沸いた。
どうして、私はこんなところでクィディッチをやっているのだろう。自分に自分で問いかけても答えは一つしかなかった。
スリザリン寮の中で風邪が大流行した。
季節の変わり目で、気温が定まらない日が続き一人から二人、二人から四人とどんどん病人が増えた。
一日寝ていれば大抵良くなる程度の軽い風邪だったのだが、運の悪い事にそれが練習後体力のなくなったクィディッチ選手に襲い掛かった。
バタバタと倒れていく選手や控え選手たちを保健室送りにして、誰が代わりに飛ぶかを考えた結果がこれだ。
私とベラトリックスが不足したチェイサーの代理をすることになってしまったのだ。ベラはまだ理解できる、彼女の帚捌きは選手と比べても殆ど差が無い。
しかし私はどうだろう、確かに同学年の中ではまだマシだとは言っても上級生と比べるとまだまだである。
何だか、ブラック家に媚を売った任命のような気がして気持ち悪かった。

黒いブラッジャーは容赦なく私を箒から叩き落そうとしてくる。
必死でそれを避ける事にも段々なれてきたが、気は抜けない。相手であるレイブンクローのビーターがまたブラッジャーを打ち返した。
雲行きが怪しい空を眺めながら雨が降らないといいのに、と私は思った。視界が悪くなった試合でうまくクアッフルをパスできる自信は無かった。
今は何とか、ベラともう一人のチェイサーにパスを繋げている状態である。クアッフルを持つと常に心臓が爆発しそうだ。
うまく相手のチェイサーから私はクアッフルを奪い取った。その瞬間歓声が沸きあがる。
自分達の動きに合わせて観客の歓声が起こるのがすこし快感だった。
クィディッチの選手になりたい人間はこのような一種の快感、興奮を求めているのだろう。
しかし、私はこの興奮よりも恐怖の方が大きいので今日限りでクィディッチの参加は止めておこうと思った。
「ベラ!」
ベラトリックスは非常にスムーズに相手の間を潜り抜けていった。感嘆の声を思わず挙げてしまう。
そういえばルシウスはどこにいるのだろう、と辺りを見渡すと頭上の高い位置で彼はスタジアム全体を見ていた。
そのほうがスニッチを探しやすいのだろう、流石だと感じた。
ぽつりぽつりの頬に水滴が当たった、雨が降ってきたんだと私は空を見上げた。
最初は弱かった雨脚も数分で強くなり視界を悪くした。最悪の状況だ。
私は必死に赤色を探し、パスする。その瞬間、私は黒い物体が背後から近づいてきている事に気付かなかった。
はっと振り返ると後ろに黒い物体があった。 ――ブラッジャーだ。
気付くのが遅すぎた、ぶつかるのを何とか避けようと私は左に避けた。
何とかブラッジャーは先ほどまで私が居たところを通って何処かへ行ったが、代わりに私はバランスを崩した。
雨で箒の柄が滑りやすくなっていたのだろう、私は手を滑らせて箒に腕だけでぶら下がっている状態となった。
そのまま箒はブレーキを掛けることなく壁へと向かっていく。
その時だ、スリザリンから割れんばかりの歓声が響いた、ルシウスがスニッチをとったのだと私はわかった。
安堵した私は自分が今壁に激突しそうになっていることを忘れていた。あっと思うと、目の前には壁が広がっている。
顔面から激突することよりも、私は地面に落ちる事を選んだ。
咄嗟に箒から手を離してしまっていたのだ。どちらの判断が正しかったかは分からない。
試合になんて出るんじゃなかったと少し後悔しながら私は地面へ吸い寄せられていく時気を失った
次に目を覚ましたのは医務室のベッドの上だった、マダムポンフリーはかんかんに怒っていた。
「今回は打撲ですみましたけど、もしかしたら死んでいたかもしれませんよ」
だからあんなスポーツは止めたらいいのに、とマダムポンフリーは言いながらセブルスを呼んできてくれた。
彼はむすっとした表情で腕を組んで、こちらを見下ろしていた。そしてぽつりと、死んだかと思った、といった。
最近セブルスには心配を掛けっぱなしである。申し訳ない気分になってきた。
「ごめん」
セブルスは少し先ほどよりは表情をやわらくしてスリザリンが大差をつけてレイブンクローに勝利したと伝えた。
そして、よく頑張ったな、と言って頭の上に手をぽんぽんと置いた。中々セブルスに褒めてもらえる事は無いので、嬉しかった。
彼は、明日ルシウスたちもお見舞いに来るだろうことを私に予言した。今日は大人数の見舞いは禁止されたらしい。
一人でいるよりは誰かが来てくれたほうがずっといい、そして皆が心配してくれていると言う事がわかり嬉しかった。
本当はこんなところで寝たきりは嫌で私も寮に帰りたかったのだができなかった。
マダムポンフリーに止められたのと、体を動かすと足や腕、背中がとても痛むのだ。全身打撲だそうだ。
「やった、明日の魔法史の授業休める」
「馬鹿者、ノートは見せてやるからちゃんと復習はしろ。」
しばらく会話をしていると、「そろそろ時間ですよ」とマダムが言うのでセブルスは帰った。
「頭も打っているかもしれませんからね、数日は安静になさい。」
痛み止めの薬は苦かった、せめて錠剤ならいいものを液体だからなお飲むのがつらい。
痛みが引くまで、数日かかるかもしれないらしい。できるだけ早く医務室から出たい。
あまり、医務室という空間が好きではなかった。薬のにおいや人が常にいるところでは気が休まらなかった。
窓の外を見ると雨はやんでいた、もうすぐ夜が来る。雲の合間からうっすらと月が見えた、丸い月を見るのは久しぶりだった。
月を見ると心が落ち着く。それは、闇に浮かぶ唯一の希望のようだからだろうか、星は小さすぎて掴めないような気がするからだろうか。
次第に明るさを増していく月と正反対に夜は闇を濃くしていった。
浮かぶ満月を眺めながら、どうか雲に隠されず闇に飲み込まれずに穏やかな光を放っていて、と願った。