Dilemma


「待ってリーマス。」

私を見た途端に自然な動きでユーターンし視界から消えようとするリーマスを私は呼び止めた。
しかし、彼は耳を貸す様子もなくすたすた歩いていく。私は自分の嫌われようにショックを受けながらも彼の後を追った。

「待ってっていったでしょ。」

「君を待つ理由が見つからないんだ。」

そりゃそうだ、と頷きながらも引くわけには行かない。私が避けられるのは当然だが、シリウスまで避けられるのはおかしい。
辛そうにリーマスの事を話すシリウスのことを思い出しリーマスを追い続けた。
次第に縮まる私とリーマスの距離に私は笑みを浮かべた。彼は早歩きを続けて、私は小走りなので二人の差が縮まるのは必然なのだ。
リーマスは決して走ろうとはしなかった。きっとそれは、彼が優しすぎるからであろうと私は感じた。
彼は私にさえ気を使って、直接的に突き放す事をしない。

「捕まえた。」

振り向いたリーマスの表情は困っているようだったが、きっと動揺しているのだろうと推測できる。
私の手はもうリーマスに触れても震える事はなかった。怖ろしくはない、リーマスはアイツとは違う。










「聞きたい事があるんだけど」

「僕急いでるんだ。」

嘘、急いでいるはずがない。だって今リーマスは図書室に来たばかりなのだから。
そんな嘘で切り抜けられると思うのは大間違いである。巡ってきた機会を逃すわけには行かない。

「何でシリウスまで避けてるの?」

「君には関係ないだろう」

「関係あるわよ、あなたとシリウスは親友でしょう」

その言葉にリーマスは傷ついたように言葉を詰まらせた。少なくともリーマスはシリウスを嫌っているわけではないらしい。
ということは、彼がシリウスを避けている理由として見当たるのは私の先日の行動ぐらいで、罪の意識が再び私に襲ってきた。

「君だって僕のことが怖いんだろう。きっと、シリウス達も真実を知ったら僕の傍から離れていく。
 そんなの耐えられないんだ。」

「だから自分から離れるってこと…?」

「君には分からないだろうけど、僕はシリウスたちのことが本当に大切なんだ。
 今まで僕に友人はいなかった。それはすべてこの体質の所為で、まさかこんな風に学校に普通に通えるなんて思ってもなかった。」

今日のリーマスは饒舌に言葉を次々紡いでいく。段々荒げていく声に必死さが含まれていた。

「見捨てられたくないんだ…、彼等だけには見放されたくない。
 けれど親しくしているといつボロがでるか不安で、気が狂いそうだ。」

そんな風に思ってリーマスはずっと暮らしてきたのだろうかと思うと、死ぬほど苦しく感じた。
そしてそれに気付いていても言い出せないシリウス達の気持ちも痛いほどよく分かり、言ってしまいたくなった。
けれど、それは私に許されている行動ではないので衝動を押さえつけた。

「ねぇ、リーマス。私は『人狼』が怖いわ。」

その言葉を聴いてリーマスはびくりと体を震わせた。あたりには人気がない。
ほっと胸を撫で下ろす彼を見てから私は話を続ける。

「今は言えないけれど、色々と過去が私にもあるの。私は『人狼』が怖い。
 あの時、私はアイツとあなたを無意識に重ね合わせていたの。」

リーマスは『アイツ』という言葉に少し不思議そうな顔をしたが何も言わなかった。追求しない方がよいと思ったのだろう。
私としても追及されないほうが都合が良い、ブラック家と闇の陣営の係りはある意味世間では知られているが、自らそれを宣伝するのは好ましくない。

「ごめんなさい、あなたはリーマス・J・ルーピンだという事を私はあの時忘れていたわ。
 謝って許してもらえるとは思ってないけど、わかってほしい。」

「…、シリウスは気付いているのかな」

「分からないわ。」

私はここで嘘をついた、わたしが言って良い話ではない。
リーマスはどこか遠くを見るようにして呟いた。

「彼らが気付いたら、どんな反応をするんだろう。」

「少なくともシリウスは、決してあなたを嫌ったりなんかしない。」

「どうして断言できるんだい?そんな事分からないじゃないか。」

ポッターやピーターのことは分からないが、シリウスはリーマスと離れたくないはずである。
あの夜の辛い告白を私は忘れていない。リーマス、みんなはもう気付いているんだよ。
その優しさを受け入れたっていいんじゃないかなぁ、頼ったっていいんじゃないかなぁ、一人ではきっと壊れてしまうから。

「ねえ、リーマス。シリウスや私の世界はホグワーツに来るまでブラック家に制限された狭いものだった。
 あなたはシリウスが産まれて初めて自由になった世界で出来た最初の友人なの。シリウスは絶対あなたを見放さない。」

こんな言葉で彼の不安が治まるとは思わなかったが、言わずにはいられなかった。
あの家に縛られ続けている私はともかく、シリウスには幸せになってほしかった。また、リーマスにも同じような感情を抱いていた。
決してこの感情は罪悪感から来たものではない。

「ねえだから、いつもみたいにシリウスの傍にいてあげて。リーマスも一人は辛いでしょう、寂しいでしょう?」

私は小さくリーマスが頷いたのを見逃さなかった。彼も葛藤の中で生きてきたのだ。
彼は顔を上げ、私のほうをじっと見つめた。久しぶりに目が合う。お互いに噴出してしまった。

「何で笑うの?」

が泣きそうな顔をしているからだよ。」

私はぱっと自分の顔を抑えた、何だか顔が熱い。私は泣きそうな顔になるまで必死にリーマスを説得していたのだろうか。
いつからそんなに、私は人に自ら関わっていくようになったのだろう。
私の関心は今までほとんどシリウスやスリザリンという近しいもののなかだけに向けられていたのだ。

は一人で大丈夫なのかい?」

突然のリーマスの言葉に私は目を見開いた、そこで気がついた。私は一人だ。
確かにスリザリンにはセブルスという友人やアンドロメダ、ナルシッサ、ベラトリックス、そしてルシウスなど親戚や知り合いもいる。
しかし、彼らの思想に同調することは到底できそうにないし、疎外感も感じることもある。
リリーと話すのは凄く楽しいのだが、彼女の純粋さがしばし眩しく思える。それに公の場で会えるようにもなったが、時々突き刺さる視線が痛い。

私とシリウスはいつも一緒だった、どんな時でも私は一人ではなかった。
けれど今はシリウスは自分の世界を持っている、私を除け者にしているわけではないが、グリフィンドールには近づきにくい。
そういう意味では私は確かに一人だった。
リーマスはそのことに気付いていたのだ。あまり長く付き合ったわけでもないのに。

「うん。」

私はリーマスの観察眼の素晴らしさに驚嘆してしまった。
私は大丈夫だ、一人でもやっていける。

も一人は辛いだろう、寂しいだろう?
 そういう時は僕がいるから…、何でも話を聞くから。」

リーマスは酷く優しい、こんな私まで心配してくれる。
そんな彼の良き理解者となりたい、と私は思った。

「ありがとう」

私はリーマスの手を握った。とても温かい体温が伝わり涙がこぼれた。
リーマスはそっとその手で私の涙を拭い微笑んだ。