Dilemma
帚木の梢
大広間に入った瞬間、好奇の目に晒された。
それに怯える子もいれば、緊張でガチガチになる子、在校生をかぼちゃに見立てる子、色んな新入生がいる。
こんな好奇の目どうってことない。あの家の居心地の悪さに比べればまだ生ぬるい。
左隣にいるシリウスに目をやると彼は平然としていた。
私達が今まで過ごしてきた環境がいかに異様だったかを思い知った。
スリザリン寮のテーブルにアンドロメダもナルシッサもベラトリックスもいた。
こちらの様子を伺いながら何か話し込んでいる。どうせ、私達がどこの寮に入るのかの話だろう。
心配する必要はないよ、と私は心の中で従姉達に話しかけた。
視線を横にずらすと、ベラトリックスのとなりにルシウス・マルフォイが座っていた。
マルフォイ家とブラック家は親戚関係で、両家の関係は純血至上主義によって深く繋がっている。
だから、昔からよくルシウスはブラック家に遊びに来ていた。
あの抜け目なさそうな目つきが苦手だった。けれど、彼はとても優秀で私の両親は彼を高く評価していた。
マルフォイ家の跡継ぎとしてぴったりの存在で、いつも両親はシリウスにも彼のようになって欲しいものだとぼやいていた。
そのルシウスと目が合った。咄嗟に視線を外してしまった。深い意味はない。観察していたことを知られたくなかっただけだ。

「ブラック・」
私の名前が呼ばれ、姿勢正しい先生が椅子に座るように指示した。
大広間中の興味が自分ひとりに集まったことに気が付いた。
ボロボロの帽子をさきほどの先生が私の頭に載せた。帽子が大きいせいで視界が遮られるほど深く被る羽目になった。
「スリザリン!!」
しばしの静寂のあと、帽子が高らかに叫んだ。スリザリン寮から歓声が上がる。
歓声に圧されながらよろよろとスリザリンのテーブルへと向かうとベラトリックスが私を抱きしめた。
「あなたはスリザリンだと信じていたわ」
口々に祝いの言葉を述べる従姉達の間からルシウスが近づいてきた。言葉を交わすのは一年ぶりだ。
「ようこそ、高貴なるスリザリン寮へ。」
彼は私の手に口付けた。彼の挨拶にも、もうなれてしまった。
私はアンドロメダとナルシッサの間の席へ座った。次はシリウスの組み分けの番だ。
「ブラック・シリウス」
シリウスが堂々とした姿で前へ歩み出た瞬間、すべての寮の生徒がざわめいた。
あれが、ブラック家の次期当主か。スリザリンに決定だな。そんな声がグリフィンドールから聞こえてきた。
ブラック家が穢れているかのような言い方だったが、反論することは出来ない。それほどブラック家は嫌われているのだから。
スリザリンの中でのブラック家の地位は最たるものだが、他の寮にとってブラック家は良い存在ではない。
帽子をシリウスが被ってから一分ほどたった。
シリウスまでの組み分けはすんなり進んでいただけに、その時間が気になった。
私は彼の組み分けにこんなに時間がかかるなんて思ってもいなかった。しかしシリウスはスリザリンに入るとまわりも皆信じ疑わなかった。
「グリフィンドール!!」
帽子が叫んだ瞬間、大広間は始めてしんとした。あけた口が閉まらなかった。
シリウスも目を見開き、動けない様子だった。
何かの冗談だ、と思ったが組み分け帽子の決定が覆ることはない。そう、シリウスはスリザリンに入らなかった。
それどころか、スリザリンと犬猿の仲であるグリフィンドールに入ってしまったのだ。
私は怒り狂う両親の姿を想像した。冗談ならすまされるが、結局のところシリウスはスリザリンに入らなくてはいけなかった。
まだレイブンクローに入ったのなら、両親の怒りも半分だっただろう。
しかしどうしてグリフィンドールなのだ。グリフィンドールのブラックなんて前代未聞。
呆然とした様子でグリフィンドールのテーブルへ向かうシリウスと目が合った。
どうして、どうして、どうして俺だけスリザリンじゃないんだ。
シリウスの目が物語る悲痛な叫びを私は感じ取った。グリフィンドールのテーブルは静まり返っている。
「叔母様に連絡しなくてはいけないわね。」
ベラトリックスがため息をついた。ベラトリックスはシリウスを気に入っていただけにショックが大きかったようだ。
ナルシッサに背中を擦られながら青い顔をしていた。
アンドロメダは、別に驚きも失望も表情には出さなかった。もっと深いことを考えているに違いない、と私は直感的に感じた。
彼女は無表情になる時は必ず私の想像の範疇から超えるほど深い思考のなかをさまよっている。
ベラトリックスの横でルシウスは薄笑いを浮かべていた。ルシウスの瞳はシリウスを追って動いていた。
ブラック家に起こった大問題を楽しんでいるかのようにも見えて、むかむかした。
「ねえ、シシー。シリウスはどうなるのかしら」
私がナルシッサに訪ねると彼女は金色の髪を揺らしながら小さな声で囁いた。
「家に連れ戻されるか、退学させられるか。最悪の場合、ブラック家追放ね。」
追放、という言葉を聴いた瞬間ぞっとした。
うちには『高貴なる由緒正しきブラック家』と書かれた家系図があり、その中には名前を塗りつぶされ歴史から抹消されたものもいる。
血を裏切りマグルと結婚したものやスクイブだったブラック家の者たち。
シリウスがその中の一人になってしまうかもしれない。急に不安になった。
組み分けが終わり、ダンブルドアの挨拶が始まった。
ダンブルドア校長は優しく生徒に向かって微笑みかけた。
いつも両親はダンブルドアのことを貶していただけに拍子抜けした。いいひとそうじゃないか。
「今年の組み分けは一波乱あったようじゃが、人との出会いは奇跡じゃ。
それを無下にしてはいかん。起こりうる未来に出会いが深くかかわってくるかもしれないのだから」
校長の話がシリウスの事を指していると分かるまでに大して時間はかからなかった。
あのあとの組み分けが好奇の視線に晒されることはなかった。
そのかわりにシリウスが在校生の注目の的で一番ホットな話題だった。
シリウスはグリフィンドールで新しい出会いを得るのだろう。
スリザリンはブラック家の延長のような存在で、結局何も私の周りは変わっていない。
シリウスにとってそれが良いことなのか悪いことなのか分からなかったが、私はシリウスに少し嫉妬した。
家というの枷でつながれているのは私だけのような気がした。
いつも一緒だった、酸素のような存在が私から離れていってしまったのだ。