Dilemma
魔法史は、授業に関して言えば非常に退屈であるが、課題はしっかり出してくるという厄介な教科である。
本日も、出されたレポート課題を消化するために私は寮の談話室で中々埋まらない羊皮紙と向かい合っていた。
魔法史の得意なリリーに頼めば快く彼女は手伝ってくれるだろうが、それでは何も解決にはならないのだ。
これからずっと魔法史のレポート課題が出るたびにリリーに泣き付くわけにもいかない。
提出期限は明日の夕方まで。テーマは『14世紀の魔女狩りにおける火あぶりの刑は無意味であった、意見を述べよ』というものだ。
非常に取っ付き難く、適当に図書室で選んできた本や教科書を何度も見比べながら私は羽ペンをもてあそんでいた。
時計は正確のときを刻み、気がつけばもう深夜近くになっていた。
寮生達はひとりまたひとりと眠るために姿を消していった。
セブルスは先ほどまで隣で読書をしていたのだが、私が彼に眠るようにと強く勧めたので部屋へと帰った。
何だかんだいって面倒見のよいセブルスは私のレポート製作に余計な口出しもせず黙って付き合ってくれていたが、流石に夜中までつき合わせるのも悪い。
いつもより、がらん、とした人気の無い談話室で暖炉の火がゆらゆらと揺れる。
冬がまた来る。

「こんな時間まで勉強か?」
突如、談話室に現れたのはルシウスで、訝しげに彼はこちらを見つめた。
レポート期限が迫っている事を告げると、「大変だな」と言って彼は私の隣へと腰掛けた。その時ルシウスの美しい髪がさらりと揺れた。
「テーマは魔女狩りか…」
私がテーブルに積み上げている本に一瞥をくれた後にルシウスは杖を振り『アクシオ』と囁いた。
しばらく何事も起こらなかったので、私は少し不思議に思いながらルシウスを見た。彼は別にいつもどおりだった。魔法が失敗したわけではないらしい。
すると男子寮のほうから、ふわふわと浮んでやって来たのは、一冊の本。ルシウスはそれを手に取り、私に渡した。
「この本に魔女狩りについての詳しい記述があるから、参考にするといい。」
「ありがとう、ルシウス。」
二人しかいない談話室の静けさの中でパチパチと暖炉の火が音を立てた。
ルシウスは部屋にもどる素振りも見せずに、私の隣にまだ佇んでいた。彼の髪からふわりと良い香りがした。
彼は私にとても優しいが、その裏に隠れていること、例えばブラック家とマルフォイ家との関係などを考えると優しさすら疑ってしまう。
教科書のページを捲っていると、「何度も望んで火あぶりになった変人」の記述を見つけた。
火に対抗する魔法を自分にかけたおかげで、炎の中にいたとしても平気なのにもかかわらず、マグルに捕まったふりをして何度も火あぶりの刑を受けた。
炎の中で、もがき苦しむ演技をしながらマグルの様子を見て楽しんだという。マグルは魔女狩りが無意味である事を知らなかったに違いない。
「どうして、この人、火あぶりを望んだりしたんだろう。」
急いでレポート用紙を文字で埋めた後、そう、ぽつりと呟いた私の言葉にルシウスはこちらを向いて、静かに囁いた。
「は、本当に魔女狩りが魔法界に影響を及ぼさなかったと思うのか?」
どういうこと、と私が目でルシウスに訴えかけると彼は説明を始めた。
ルシウスの目が、いつになく真剣さを帯びて私を見つめていたので、私は驚いた。
「確かに魔力の強い魔法使いでそんな奇人もいた。けれど、みんながみんな、そうではない。
力の弱い魔法使い達はなすすべもなく、大人数で押し寄せてくるマグルに殺されたのだ。」
「『魔女狩りにあまり意味はなかった』などという教科書は、嘘だ。
ただマグルに対する差別を引き起こすと、考慮され、上塗りされた歴史だ。」
暖かかったはずの部屋なのに、背筋がぞくりとする。
ルシウスの話が本当なら、魔法使いがマグルを非難する理由もすこしは理解できるような気がした。それが正しいものとはいえないけれど。
「マグルは自分達のやったことから目を背け、歴史の古い一ページとしてしまっている。」
「どんなに時間がたったとしても、どうして、マグルのやったことが許せるだろうか?
何故、魔法を使える優れた我々が隠れ、愚かなマグルに怯えなければいけないのか?」
沈黙が私とルシウスの間に流れ、私はルシウスから目を逸らした。
魔法使いの純血思想の裏側には、この魔女狩りも大きく関係していることは知っていた。
しかし、教科書や本において魔女狩りの記述を読むと、魔女狩りがそれほど大きな出来事であったようには思えなかった。
だから、私は魔女狩りにおけるマグルの残虐性というのはは魔法使い達が自分達の純血思想を正当化するために主張しているのだと思っていた。
確かに、マグルは魔法使い達に酷い事をしたのかもしれない。けれど、私はマグル出身であるリリーのことが大好きだ。
だからこそ、簡単にマグルを差別することに違和感を覚えるのかもしれない。
しかし、そんな心をルシウスに悟られてはいけない気がした。何故なら私はルシウスにとって、ブラック家の長女であるからだ。
「今言った事は全部その本の受け売りだ。」
硬直したままの私を見てルシウスはふっと軽く笑い、頭を撫でた。
急に力が抜けた気がして、私は息を吐いた。暖炉から暖かい空気が少しずつじわじわと私に染み込んでくる。
「もう寝た方がいい、明日も授業があるのだから。」
「そうだね、今日はありがとう。」
ルシウスが暖炉に杖を向けると暖炉の火がさっと消えた。私は歩調を速め、できるだけルシウスから距離をとった。
女子寮へと進む私にルシウスが思い出したように声をかける。
「、グリフィンドール生と付き合うなとは言わないが、あまりマグルに肩入れするのは感心しない。」
ルシウスが口に出したわけではないが、おまえはブラック家なのだから、という言葉が聞こえてくるような気がした。
「分かってる、ちゃんと分かってるよ。」
「なら、いいんだ。」
おやすみ、と私は駆け足で女子寮へと駆け込む。心臓がどきどきした。ルシウスは私とリリーのことを言っているに違いない。
スリザリン寮生から見て私とリリーの関係は表面上だけの友達に見えるように、出来る限り気を使っていた。
しかし、ルシウスの目は誤魔化せない。その事実を目の前に突きつけられる。
私はブラックだから、ベラトリックスやルシウスのようにスリザリンでは手本になるべき存在なのだ。レギュラスが入学した今なら尚更。
逃げられない、私は逃げられない。
ブラックから、スリザリンから逃げた私に居場所など無いのだから。
だからと言って、私はリリーを切り捨てる事もできずにいる。リリーは大切な親友だからだ。
私をブラックとしてではなく、として扱ってくれる。魔法界でそんな存在は今までいなかった。
何度も何度も考え続けるけれど、どちらも捨てることが出来ない。
答えが出ないまま、私は眠りについた。