Dilemma 帚木の梢
帚木の梢


静まり返った大広間で、俺は事の重大さを始めて理解した。
帽子に「どこの寮に入りたいんだ」と聞かれ、の言葉を思い出した。
冗談だった、「グリフィンドールがいい」と言ったのは些細な家に対する反抗だったはずなのに。

「グリフィンドール」

帽子の声を聞いた瞬間頭が真っ白になった。
スリザリンに入らなくてはいけない存在だった自分がその対極であるグリフィンドールに入ってしまった。
グリフィンドールに組み分けされるわけがないと思っていたから、冗談を言った。

グリフィンドールのテーブルへ向かう途中で双子の妹であると目が合った。
どうして、シリウスだけスリザリンじゃないの?と心の中での責め立てる声が聞こえたような気がして目を逸らした。
これからどんな風に、ブラック家と関わっていけばいいのかわからなくなった。
ベラトリックスやアンドロメダ、ナルシッサ、と今までどおりに接していいのだろうか。
親はこの知らせを聞いてどう思うのか、もしかしたら退学させられてしまうかもしれない。

不安だらけで心にぽっかりと穴が開いたような気持ちだった。
しかし、どこかその穴を爽快な風が吹き抜けていくような心地よい気分だった。









グリフィンドールは、両手を広げて俺を迎え入れてくれたわけではないが、歓迎はしてくれた。
ブラック家の人間だからといって切り捨てられるかと思っていただけに安心した。
今まで俺は純血でないものは切り捨てるというような世界で生きてきたから、スリザリンを嫌うグリフィンドールでは生活などできないと思っていた。
しかし、グリフィンドール生は疎ましいはずの俺の存在を受け入れてくれた。
今まだかつて経験したことのない、表現の仕様もない喜びが俺の体を包んだ。ああ、ここにいてもいいんだ。

友人ができた。
細身でどこか儚げな雰囲気をもつリーマス・J・ルーピンは微笑を浮かべながら傍にいてくれた。
癖のある黒髪のジェームズ・ポッターとは、組み分け後に意気投合した。ジェームズは明るくそして頭が良かった。
意外だが船に乗っていたピーターもグリフィンドールに入った。ピーターはいつも俺やリーマス、ジェームズの周りにくっ付いていた。

今まで自分の世界はブラック家を中心として廻っていた。
ブラック家の手の届かない場所で、新しい友人と生活を始めることができるなんて夢のようだった。
いつか卒業してあの家に戻らなくてはいけないのだから、それまでこの生活を満喫しようと思った。
しかし、いつだっての姿を見るたびに罪悪感に襲われた。
がグリフィンドールにいたらよかったのに。
大切な双子の妹をスリザリンに一人でおいておくのはとても不安だった。
従姉達やマルフォイが、彼女を危ない方向へ連れて行くのではないかと思った。
ブラック家の恥、と母親が叫ぶ吼えメールが届いたがあまり気にならなかった。
もうブラック家は自分の中で動でもいい存在となりつつあった。

「シリウス、君の妹が純血クラブに入ったらしいよ」

スリザリンにある秘密の集まりのことはグリフィンドールで『純血クラブ』と呼ばれていた。
ジェームズが忌々しげにそのことを告げたとき、ああやっぱり、と思った。
取り巻きに囲まれながら生活するを見ていると、スリザリンの中で彼女は大切にされているようだった。
どうせ、ブラック家だからという理由なのだろう。


は双子の妹でありあの家で唯一の理解者だった。
いつだって傍に居たし、自分の一部のように感じていた。
だからこそ、目の届く範囲にしか彼女を置かなかったし、いつだって守らなくてはいけない存在だった。
が闇の世界に巻き込まれているとしたら助けたかった。
でも、自分にはそんな力がないことも十分に分かっていたから何もしなかった。

「君の妹はスリザリンの新星って呼ばれてるらしいね。」

から何も連絡は来なかった。
取り巻きに囲まれ、容易にグリフィンドールの自分に手紙を送るような機会がないだろうことは簡単に予測できた。
こんなにも長い間、と言葉を交わさないなんて初めてだ。
こちらから手紙を送ればいいのかもしれないけれど、どうしてもそれができなかった。
にまでブラック家の恥といわれたら、もうどうしてよいのか分からないからだ。

「そんな集まりに君は参加してないんだろう」

リーマスが不安げに自分を見つめた。
彼らも不安なのだろう。
どんなに俺がグリフィンドール生であったとしてもブラック家であることには変わりない。
いつかスリザリン生と関わってしまうかもしれない。
そんな風に彼らは思っているんだろうな、とシリウスは考えた。

「ああ、していないし、これからもするつもりはない。」

この言葉で心配性な友人達が安心するなら何度でも言ってやろう。
少しずつだったけれど、自分の中での優先順位が変わっていくのに気付いた。
何時の間にか、ジェームズ達はかなり上位に来ていたようだ。
それは嬉しい発見だった。

「そういえば、君はリリー・エヴァンズを知ってるかい?」

ジェームズの頬は心なしか赤く染まっているような気がした。
リリー・エヴァンズという名前には心当たりがあった。
確か、組み分けの日に同じボートに乗っていた赤毛の子で同じグリフィンドール生だ。

「知ってるけどエヴァンズがどうした」

リーマスはエヴァンズのことを知らない様子だったが、ピーターは、ああ、という表情で彼女のことを思い出したようだ。
ジェームズは珍しくまるでピーターのようにもじもじとしていた。
それがとても気持ち悪くて、早く言えよ、と促すと遂に口を開いた。

「可愛いと思わない?」

脱力した、もっと重大なことかと思った。しかしジェームズにはとても大切なことのようだ。
確かに可愛い方に分類されるが自分の好みではないと感じていた。

「まあまあ、可愛い方だろ」

となりでピーターは五月蝿く可愛いよと騒いでいた。
ピーターはリリー・エヴァンズにあの日助けてもらって以来、彼女を女神のように崇めていた。
リーマスは相変わらずクエスチョンマークを浮かべたまま、ジェームズを観察していた。

「というわけで、僕は彼女とお近づきになりたいんだ、協力してくれるよね。」

まあいいか、と同意すると、じゃあ今から図書館へ行こうと腕を引っ張られた。

「彼女は図書館によくいるんだよ」

ジェームズはストーカーの気があるのかもしれないな、と感じた日だった。