Dilemma
帚木の梢
私はいつも沢山の人に囲まれていたけれど友人と呼べる存在はセブルスだけだった。
反対にシリウスには本当に気を許している友達がいるように見えた。
ジェームズ・ポッターやリーマス・ルーピン、ピーター・ぺティグリュー。
いつも四人組で行動しているところを見て、私は寂寥感を感じるのだった。
一人の時間が欲しくて、こっそり図書室へ逃げ込んだ。
追いかけてくる取り巻きは騒ぐこととが好きなので図書室にはあまり来なかった。
私は久しぶりにゆっくりと読書を楽しもうと思って物語の棚のあたりをうろうろしていた。
物語の中に入り込むことで現実から目を逸らそうとしていた。
ゆっくりだが、確実に自分の存在が闇に染まっていくのを感じていた。
自発的ではないにしろ、朱に交われば赤くなる。
いつか私も周りと同じように純血を何より素晴らしいと主張しだすかもしれない。
未来は誰にも分からないからこそ、私はそれを恐ろしいと思った。

図書館の静まり返った雰囲気は心地よい柔らかさで私の心を包み込む。
喧騒やしがらみから離れることができた喜びを私は噛み締めていた。
「例の集まり」はというと、色々な呪文や魔法薬が持ち込まれ試されたりしていた。
新入生は基本的にそれを見学しているだけなのだが、あそこにいるときは特に神経を使う。
注目されることには慣れているが、居心地の悪さを無視できるほどの神経を私は持っていなかった。
「?」
突然後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある声、そうだ、あの子だ。
あの日、ボートで一緒になったリリー・エヴァンズ。
振り返ると相変わらず綺麗な髪を一つに束ねて本を数冊小脇に抱えて歩み寄ってくる。
私が軽く手を振ると可愛らしい笑顔、それはスリザリンで見たことが無いほどの純粋な笑顔を浮かべた。
「久しぶりね、リリー。」
「本当に。話す機会も無かったしね。」
リリーはあいている私の隣の席に座った。
そのとき、私はリリーの首にグリフィンドールのネクタイが巻かれていることに気が付いた。
そしてリリーがグリフィンドールだということを思い出した。
あたりを横目で確認すると誰もいなかったので安心した。人目がある場所で堂々とグリフィンドール生と仲良くすることは許されない。
特に、あの集まりの誰かに見られたのなら、私は居場所を無くすかもしれない。
思い入れがあるわけではないが、あそこ以外に私のいる場所は無いのだ。
「ねえ、スリザリンはどんな寮なの?」
私はリリーにスリザリンの特色、つまり狡猾さや血の繋がりの重要性を軽く話した。
彼女は食い入るように私の話を聞いていた。その時、私の中でとても嫌な予感がした。
リリーはマグル出身者なのかもしれない、と。
マグル出身者はスリザリンでは“穢れた血”として忌み嫌われている。
暗い顔をしたリリーはスリザリンをあまり受け入れることができていないようだった。予感は現実のことのようだった。
もしかしたら、何かしらスリザリン生から嫌がらせを受けたのかもしれない。
私自身はそれに参加しないようにしていた。
しかし、それは関わらないという程度のものであって、つまり言い換えると見ないふりをしているという最低の行為を続けているだけだった。
「でも実際、純血でもマグル出身者でもあんまり変わらないわよね。」
確かに、授業を受けている様子を見ている限り大した違いは無い。
しかし、今まで魔法に囲まれた世界で暮らしてきた者とそうでない者の違いは大きい。
当たり前の常識がお互い通用しないのである。
昔、マグルは魔法使いを迫害した。
魔女狩りによって火あぶりの刑を下され、悪魔のように扱われた魔法使い達。彼らはひっそりと隠れて暮らすようになった。
だからこそ迫害された魔法使いの中にマグルに対する恨みが生まれ、それが今日の純血思想に結びついた。
自分達が追われたのは、マグルが持たない素晴らしい力を持っているから。マグルは妬みで動く、愚かな人間だと。
「純血が一番素晴らしいって言う考えは、もう古いわ。」
リリーは知らない。どれだけ純血を重んじる家が沢山あるかを。例えばブラック家のような存在に関わったことがないのだ。
「傍から見たら、そうなのかもしれないわね。」
確かに時代遅れかもしれない。魔法使いの混血化が進んでいる現代で、純血がどれほど少なくなってきていることだろう。
けれど、この世の中にはそういう思想が深く根付いている。これが取り払われるにはまだ時間がかかるだろう。
「何をしている」
何の気配も無く私の隣にセブルスが来ていた。
何時もどおりの顔色の悪さだったが、心なしかその度合いが増しているようにも見えた。
また、声がいつもより苛々しているようにも聞こえたので機嫌が悪いのかもしれない。
その理由は多分、目の前にいるリリーがグリフィンドールせいだからなのだろう。
しかし、ここでセブルスを無視するわけにもリリーを無視するわけにもいかないので、私はリリーにセブルスを紹介することにした。
「私の友人のセブルス・スネイプよ、リリー。セブルス、こっちはリリー。リリー・エヴァンズ。」
リリーは仏頂面のセブルスを怖がりはしなかった。よろしく、と言って手をさし伸ばした。
その瞬間、セブルスは顔を顰め予想もしなかった言葉を言い放った。
「私に触るな、穢れた血め」
私は目を見開いてセブルスを見た。まさかセブルスがこんなことを言うなんて思いもよらなかった。
私は忘れていたのだ、セブルスがあの集まりにいるのだということを。つまり、純血思想を持つ人間だと言うことを。
リリーはその言葉の意味を知っていたようだった。顔面蒼白で、唇をかみ締めていた。
心なしか目に浮かぶ涙が私に心臓を抉るような痛みを与えた。
「セブルス。」
「行こう、皆が探していた。」
セブルスは私の手を引いて、足早に去ろうとした。
立ち尽くしたままのリリーを私は放っておくわけにもいかないので、その手を振り払う。
リリーの元へ駆け寄る私をセブルスは怪訝そうに見た。
「ごめんなさい、ごめんなさい、リリー。」
私はひたすら謝ることしかできず、リリーはただ静かに涙を流していた。
大声を上げるわけでもなく、私やセブルスを責め立てることもなく、ただ静かに泣いていた。
「何をしてるんだ」
前方から来たのは見慣れた、けれど暫く直視していなかった顔だった。
周りに友達を連れたシリウスが来たのだ。
「何をしているんだ」
シリウスのとなりにいる黒髪の男の子、ジェームズ・ポッターはもう一度同じ言葉をゆっくりと唸るように繰り返した。