Dilemma



こんな風にあからさまな敵意を他人から向けられたのは初めての経験だった。
目の前のジェームズ・ポッターは涙を流すリリーを見て、私に向かって杖を構えた。

「どうして、エヴァンズは泣いているんだ。答えろ。」

答えに詰まった。どう考えても悪いのは私達のほうだからだ。
セブルスがあんなふうに振舞うなんて予想もせずに、二人を引き合わせてしまった私が悪いのだ。
しかし、どう答えても言い訳にしかならないような気がしたから何も言えなかった。

「ジェームズ、杖を降ろせ。」

シリウスが静かに言い放った。その声は静かで落ち着いているようにも聞こえたが、目は私を不思議そうにじっと見つめていた。
ああ、シリウスに軽蔑されてしまう。シリウスは私にとって掛け替えの無い存在なのだ。
シリウスの目線が絡みつくようにして私の首を絞める。

「わたし、私、」

その後に続く言葉が出てこない。私の所為でリリーが泣いていると一言言ってしまえればいいのに。









「私が全部悪いの。」

その言葉を言ったのは私ではなくリリーだった。
驚きのあまり私は目を見開く、それはポッターもシリウスも同じようだった。

「私がもう少し気をつければよかっただけのことなの。」

リリーはとても優しい。こんな時でさえ私のことを気遣ってくれている。
ポッターは杖を降ろしたが、ずっと私とセブルスを睨んだままだ。

「何をした、答えろ。」

「落ち着こうよジェームズ。まるで尋問してるみたいだ。」

シリウスの後ろにいたルーピンがポッターを宥めようとした。
しかし、それは逆効果のようでポッターは聞く耳を持っていないかのように振舞った。
セブルスは興味がなさそうに眉間に皺を寄せて彼らをじっと観察していた。それが更にポッターの気に触ったらしかった。

「エヴァンズが泣いている。エヴァンズはグリフィンドールだ。そして僕らもグリフィンドール。
 僕らには尋問する権利があるはずだ。」

ポッターは一気に捲くし立てるように声を荒げた。
こんなタイプの人間と今まで付き合ったことがなかった私はどうして良いのか分からなかった。

「そこの穢れた血が馴れ馴れしく近づいてきたから突き放しただけだ。」

隣にいたセブルスが突然声を発した。きっと退屈になってきたのだろうと私は思った。
穢れた血、という言葉を使った瞬間ピーターが、ひどい、と小さな声で呟いた。
確かにこの言葉が良いものだとは私も思わない。しかし日常、つまりスリザリンの中でこのような言葉はよく飛び交うので耳が慣れてしまった。

「謝れ、今すぐエヴァンズに謝るんだ。」

ポッターの言葉は私の耳を通り抜けていってしまった。
なぜなら、シリウスと目が合ったからだ。まるで私を哀れむかのような目線だった。瞼の裏が熱くなり涙がでるような感覚が私を襲った。

ああ、もうシリウスと私は住む世界が違ってしまった。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

セブルスは謝罪の言葉を発しなかった。
私は壊れたテープのように同じ言葉を繰り返すだけだった。

は悪くないのよ」

絞り出すような声でリリーが叫んだ。ポッターの頬をリリーは叩いた。
乾いたパンという音が図書室に響いた。その時、図書室にいる人間の視線が自分達に集まっていると言うことに私たちは気が付いた。

「理由も聞かないうちから責めるなんて最低。」

リリーは走り去りその後ろをポッターはエヴァンズ!と叫びながら追っていった。
取り残された私とセブルス、そしてシリウスにピーターにルーピンは奇妙な沈黙に襲われた。

「シリウス。」

背を向けてポッターを追おうとするシリウスを私は呼び止めた。
理由は特に無かったのだが、何故だろう、呼び止めずにはいられなかったのだ。

「どうして、私たち別々の寮に入っちゃったのかな」

無意識のうちに出た言葉は少し静けさを取り戻した図書室の空間に吸い込まれるように消えた。
シリウスは私の思いがけない発言の答えは出さなかった。

「あんまり、ジェームズを怒らせるなよ。あいつ根に持つタイプだから」

私の頭にぽんぽんと手を置いたあとシリウスはルーピンたちを連れて外へ出て行ってしまった。
後姿を見送った後、二人だけになったその空間で私はセブルスを睨んだ。
セブルスがあんなことを言わなければリリーともう少しお友達でいられたのかもしれないなぁと思うと悔しかった。
リリーはスリザリン以外での初めての、友人と言えそうな存在だったのだ。
けれど、私も悪かった。セブルスがマグルを嫌っていると言うことは薄々と気付いていた。

セブルスはスリザリン以外のどこの寮も似合わなかった。
彼は典型的なスリザリン型生徒だったが、それでも私は彼のことが友人として好きだった。
私が持たない歯に衣着せぬ物言いや、回りを気にしない態度に憧れを持った。

「セブルス、リリーは私の友人なの。」

「どうして、グリフィンドール生に構う?もし、スリザリン生に仲良くしているところを見られたらどうするつもりだったんだ。」

私は言葉に詰まった。もしリリーと仲良くしているところをベラトリックスやルシウスにでも見られたらただ事じゃすまないだろう。
ただでさえ、スリザリンの新星、などという奇妙な呼び名を持っているがために注目度も高い。
怒り狂ったベラトリックスがリリーに危害を与える様子を思い浮かべ、ぞっとした。
それを考えると、セブルスは私のことを助けてくれたのかもしれないなぁと思った。

「ねえ、セブルス。ありがとう。」

リリーにあんなことを言ったセブルスを許すことはできなかったが私はそれを受け入れようと思う。
できればリリーとの仲を修復したいところだけれどそれは難しそうだった。
シリウスの言葉を思い出し、ポッターが私とセブルスを目の敵にするかもしれないことが憂鬱だった。

でも、シリウスと少しだけでも言葉を交わすことができたおかげで少し心が落ち着いたような気がした。
相変わらず私はシリウスがいないと駄目なようだ。どうも一人だと精神が安定しない。

私はもうすこし大人にならなくちゃいけない。傍にはもういられないのだから。